人へ自分の近況をいかに面白く伝えられるかが肝心なんだ

先月、ホームページ開設1周年の時点で1年経ってみての自分の感想みたいなものをまとめようと思っていたのですが、仕事の節目みたいな時期と重なっていて、しばしノンビリしたいと考え、記事を書くのが面倒に感じてしまったところでした。せっかく一年たったところに更新停止が続くのも気になり、そしてどこへ行っても狂ったかのように「クリスマスだぞ!」と言い聞かされるのにも辟易させられます。
そんな中、この年末に数年ぶりに会った人と話す機会があったのですが、酒の席では人を笑わせる(楽しませる)ことが出来てナンボと考えてしまうのは私だけではないことでしょう。ですが、「面白い話、面白い話はー?」と、ここ一年を思い返してみたものの、人を笑わせたり関心を引くような出来事は私自身にはあまり起きなかったというか、起こさなかったことを実感し一瞬自分で反省したのが正直なところです。
そして自分の日常を詳しく語るならば、やはりこのブログに書いた内容を思い起こしながら話すことになりますが、果たして事実に基づいたまま面白可笑しく話せる内容だったかどうかを考えると苦笑いってところでしょうか。

コンビニコーヒーを飲みまくった

この際なので、記事のタイトルからいくつか話題を取り上げたいと思ったのですが、やっぱり大変なので「コーヒーの話題」一つに絞りたいと思います。もう何個か上げるとすれば「俺の人生でこれほどカップ麺を食べたことはなかった」といったことも採用したいところでした。
さて、コンビニのコーヒーが美味しくてやめられなくなり、そのうち、あの紙コップのことも気になりはじめて地元にあるコンビニ各店を渡り歩いたのですが、このことで得られたものはと言いますと、当たり前ですが、たかがコンビニの100円コーヒーなので人生における何か大事なものを感じ得ることはありませんでした。ライフワークにあきらかに重要ではないものとしては、(私が感じたところ)ファミリーマートのコーヒーだけは別物だったと思います。そしてコップのデザインはローソンがオシャレだったのではないかと感じます。
毎日コンビニでコーヒーを飲んでたら人生が開けた!
そんな夢のような展開にはならないものですけど、急にデカい何かをしでかそうと思ってもそれこそ無理が伴います。「準備は小さく着々と積み重ね、自分へのご褒美は豪快に楽しむ」なんてことも大人になった今の自分に言い聞かせたいと思っております。
そうです毎日積み重ねる幸せは小さくて良いんです、そして男の器もデカけりゃ良いってものではないのです。たぶん、こんなことも私のブログのテーマの一つで、それを人に話して笑いを取るのは、ややテクニックが必要だったようで今後の課題ですね。
「毎日コンビニコーヒー飲んでたら○○」この○○が、どんなだったら面白いか?「痩せた」とかは一般的すぎるし、「出会いがあった」とかだと嘘っぽいですよね。「コーヒー飲んでたら湯沸かし器が新しくなった」とか通常想定できない”わらしべ長者”のような組み合わせなんかがウケるんだとは思いますが、まあ、その辺を考えながらこのブログも2年目を突き進んで行きたいと考えてます。

家にこもり男が一人で手回しミルを回す姿はどんなものか

コンビニでコーヒーを買うことは今も継続中ですが普通に珈琲を楽しむ話をします。
コーヒーの楽しみ方の一つに豆選びがあるというのは私でも容易に想像できます。ただし、家に籠って一人で豆を挽いている自分の姿はあまり想像できません。いったい何が納得いかないのか、この際ですからとことん掘り起こして整理してみると、ただ漠然と豆を挽くのはNGで、目的があってか、もしくは、”その動作によって何らかの結果が見いだせるので豆を挽くことが楽しく感じる瞬間”でなくては豆挽きしてはいけない。
だいぶ抽象的な話になってしまいましたが、お茶やコーヒーに限らず、日常のルーチン化された余暇の過ごし方では変化のない毎日が過ぎ去ってしまうだけだから、たまにはちょっとした工夫をしアクセントを持たせてもイイよねということです。

今更コーヒーツウになるために時間を投じるのは如何なものか

「ただ私は自分らしくコーヒーを楽しみたいのです」
私の気持ちはコレ。誰よりもコーヒーについてウンチクを垂れたいわけでもなく詳しくなりたいとも思いません。休日に入れたてのコーヒーの匂いを楽しみ、あとはゆっくり時間をかけて飲みたいのです。豆は何処のナニが良いとか、入れ方はこうしたほうが良いとか、これからそっち方面に首を突っ込むのではなく、自分がこれでいいなと思った飲み方が良い訳で、求めたいのは「究極の普通」←コレをいったん確認してから、「自分だけのちょっとしたこだわり」を追加。
わかり安く言うと、平均値をこっそり確かめた後に自分は常にそれよりちょっと上だったら満足じゃね?って話です。これを組織の中でやると「したたか者」と言われるんでしょうね(たぶんそう)。

私生活でちょっとした自己表現が出来ればいい

ここにきて、コーヒーで人生におけるなんらかの答えを出すには難しすぎるので、「コーヒー飲んでたら遠回しに関連付けられた何かを発見できた!」で良いとは思います。仕事でも遊びでも、堅物に教わった通りに正しい答えを見出そうとすると難しすぎて疲れるし良いことはありません。ゆるーく、行きましょう、ゆるーくです。

人に面白可笑しく伝えるには自分自身が楽しくなけりゃね

さて、お手軽なコーヒーを例にとってアレコレ書きましたが、ほかには、自転車やカメラについても少しですがブログに書きましたが、どちらも楽しく続けて行けそうです。人を笑わせたり、楽しませたりできるのは自分自身が私生活を楽しめてる人。それが正解かどうかは別にして、そう思って過ごしていたほうが毎日の生活は楽しいことと思います。

ブログを始めた理由はWebでの自己表現のため

私がホームページを作ったのはWeb上での自己表現の場を作りたかったから、そして、そこへアクセスしてもらいたいために、このブログを始め日常のことを書き、ホームページのリンクを張ればホームページも読んでもらえるかな?というのが狙いでした。当初、ブログ村などへも登録してみたのですがほんの僅かですが毎日アクセスはあるようなので今は何処にも登録していません。無理しなければなんとか続けていけるかなという気がします。

正直1年目はとにかく書くのに一生懸命でしたが

けして毎日書くほどマメではありませんが、私はこれでも結構必死で書いてきました。おかげて、走るほうの趣味がおろそかになってるのは間違いありません。
独自ドメインを取りサイトを開設する際に、テーマを「散歩と小旅行」「食」「良い習慣」の3つに絞ることを目標にしていて、何もないところから自分の日常を決められたテーマに沿って文章に書くというのは思ったより難しく感じました。
人には文章をスラスラ書ける人と書けない人がいて、私は自分の自己表現を頑張って実現しようとしている側の者です。この記事を投稿することによって、ひと月に一度は記事を書いてきて一つのサイトとしては自分なりに形になりまとめることができたと評価しおり、この先は少し視点を変えて焦らず新規の投稿にどれだけ時間を費やそうが、まずは書いている本人が楽しく心地よく感じたことをココで伝えて行けたらと考えています。
先は焦らず、読んだ人が”アハッ”と笑うことを想像し自分がニヤケながらブログを書くのはこの上なくアホらしく楽しいことではなかと。


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彼らは仲良しで私たちは対応に遅れがあってはならないのかもしれない:性的マイノリティー

正直言うと私は生粋の男嫌い。男同士でつるんで歩いたりするのが得意じゃなくて、それは友情云々の話ではなく主に時間の損得勘定を優先した結果です。若いうちは良いかもしれませんが、ことオッサンの団体行動には滑稽さを感じたりもします。

ソファーを真横に並べて仲良くする二人

ある日の朝のこと、向ったのは良く行く眺めの良いコーヒー店の2階席。
開店後すぐの時間でしたが、すでに先客が数名いて奥の席に座っている若者二人がどうも不自然に見えます。これからの時代の流れに沿う言い方としては「私には不自然‥」と言うべきかと迷うところです。

何が不自然か申しますと、一人がけのソファーを二つピッタリ横に付けて男同士が横並びに座っているのです。この店での席の配置は、もともと椅子もソファーもテーブル席以外は少し離して置いてあるはずが、わざわざ動かしてピッタリつけたと思われます。
そして、楽しそうにはしゃぐ二人は身なりは男ですが仕草が女に見えます。普通の男は同性の友達と一緒にいてあれ程までにテンションが上がらないし、見せる笑顔が恋人同士のそれなんですよ。
休日の朝の空いている店内は、彼らにも、とても心地が良い場所なのでしょう。見た感じ二十歳前後の学生と思われるこのカップルの幸せな時間は徐々に盛り上がり、より二人の世界へ入りんで行きます。付き合い始めて間もない男女にもありそうな周りが見えない盛り上がりは、窓の外をいい女が歩いていようと、それが女性ではなくイケメンであっても?興味が向かないことでしょう。

自分たちの世界を楽しむ二人は、店内に何かしらのオーラのようなものを漂わせたと思われます。私が店に入りやや時間が経過し周りには社会人と思われる大人の男女数名がいて今のところ連れを同伴してるのは彼らだけに違和感(のようなもの)を感じたのは私だけではないと思われます。

こういう雰囲気には慣れとか耐性が必要か

そのうちお祭り騒ぎ気味な彼らの一方が、口にモノを入れている間に笑わせられたときの「うぅ~〜っ」とかなる、そんな声を出して大はしゃぎを始めたもんだから、ここで私に限らず何人かが彼らの居るほうへ振り向いてしまう。そして私も隣の席のオッサンも揃って視線を送ってしまい。
私は、思わず「気持ち○い」と小声で言ってしまう。そうです私は常日頃、気持ちが丸い男で職場では「ゆとり」にも「氷河期」にも優しい上司で、何をもっても人を差別したりはしないはず。なので、発した言葉は「気持ち○い」。
隣に座っていたオッサンには、やや違って聴こえたかもしれませんが、それが何であれ大衆の面前で小言を発してはイケなかったことは反省すべきですね。

その後しばらくして、先ほどの視線が気になったのか二人は店を出ていき外の横断歩道を渡る様子が見えましたが、色違いのおそろいのバックを背負い歩く二人の距離感は通常想定される同性間のそれとはやはり違って見えます。近すぎるし歩調が合いすぎて同化して見え、そして何より楽しそうだ。これからの時代、私たちはこの風景を自然なものとして受け止めなければならない。そのことについて、何らかの議論をしたりすることは少し前に過ぎ去った瞬間ですかね。
いわゆる性的マイノリティについては若者たちはすでに受け入れられているというか、他人が何者かなど気にしないのが今の時代の風潮ではないかとさえ感じます。
格差社会と価値観の多様化の中で育った若者には何も違和感も感じずに受け入れられることなのかな?きっとそれはそれで良い事で、私と同じような、彼らへの偏見みたいなものを持つ大人はこれから先は人の生き方の自由について考え直す必要があるのかもしれません。

まあ、そんなことを言っても長年染み付いた男の事情や恋愛観を改めるのも大変かな。彼らが出ていったあとに入ってきた、こちらは友達同士と思われる女性の声が小鳥のさえずりに聞こえました。

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冷やし中華しばらく休みます

始まりがあるものには、どうしても終わりがあるものだろうか?これは思い悩まずに軽く気に留めておく程度にするべきことでしょう。
今日は、冷やし中華についてですが、これも来年はまた食べたくなるものなので「冷やし中華始めました」の宣伝に対しては「冷やし中華休みます」が正解ですかね。

冷やし中華の休止宣言

物事の始まりはもてはやされても、その終わりについては冷静に受け入れられるのがセオリー。冷し中華も暖かくなりはじめの季節には注目されますが、猛暑が過ぎ去りつつある今では普通のラーメンなどの温かいものが食べたくなります。人は過ぎ去るものには興味がなくて、新しいものに挑戦したほうが楽しいと感じるのでしょう。それとやはり、去って行くものを深く考える事は何かしらの覚悟がいることと思います。

冷し中華が終われない‥かも

ここ最近になって、冷やし中華を食べておかなくてはと思い出してスーパーへ(生麺とタレがセットになってるものを)買いに行ったら置いていませんでした。慌てて次の日に別な店に行き、そこでは買うことができましたが、いったい冷やし中華の仕入れというのはいつまでなのでしょう、気にした事がないので検討がつきません。9月中には消えてしまうものですかね。
店からなくなってしまったらスープを自分で作るとかですかね、危うく休止宣言が滞るところでした。

キノコで秋バージョンを演出

出だしで躓きそうになりましたが頑張った結果がコチラ。
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どこかで見かけた大きい餃子の残りが上がってまして、モノが中華なので悪くはないかと思います。不足気味の青物対策にはキュウリを使ってて酢味噌を添えてます。それと、なんとなくエリンギ載せたら合うんじゃね?とか考えてしまったのですが自分では高めの評価をしています。

エリンギに塩コショウ

これまた近くのスーパーの話になるんですが、エリンギを炒めて塩コショウで味付けをした惣菜が売ってまして、試しに買ってみたら美味しかったのですが、ものの割に値段の設定が高めなので今回はそれを自分で作ってみたものを使いました。
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炒める際はオリーブオイルを使いましたが、キノコって油分吸っちゃうものなんですかね、多めに使ったつもりが途中でオリーブオイルを少し足しました。

ここまで出来たら味は問題じゃない

実は、仕上がりの写真を撮った段階で大満足。なにせ料理物ネタが久しぶりだったのと、途中でつまみ食いしたエリンギが美味しかったので総合的な結果を求めなくても上機嫌な訳です。
結果だけが全てではないことを実感できた日でした。
そして実際の味の方も、まあまあといった感じで、一つ難点を上げるとすればキュウリに付けた酢味噌がエリンギとはミスマッチ、冷やし中華のスープも酢を使ってることだろう?と安易に抱き合わせたのが意外に合わないものですね。ですが、それも気にはならない程度で全体的な評価は◎でした。

さて、過ぎ去るものを気にしてみた今回の料理ネタですが、気分を改めて来たる涼しい季節(寒いのはまだ考えない)を楽しむことにしたいですね。

とある飲食店で終わりの宣言を見かけました

冷やし中華の終了
私がキノコ冷やし中華を作ってからしばらく後、秋分の日の9月22日(祝)に店頭で終了宣言をしているのを見かけました。いつから貼ってるのか分かりませんが、暑さ寒さも彼岸までを参考にしている店もあるのかもしれませんね。

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